三木金物博覧会「鍛治でっせ!」訪問。カネ駒さんブースで永尾光雄さんからいろいろお話しを伺うことができた(じつは初対面だったが、クラッチマガジンが置いてあり、私の顔を見て「も、もしかして・・」と)。
肥後守、最近は半分以上が海外で売れているそう。
18/06/30 京都パルスプラザ・京都アンティークフェア
肥後秀光、三百円也。「肥後守」ではなく安物とされるものだが、この個体は菊座金が使われており、ちきりもきちんと叩いて薄く作られている。
18/06/17 太子町・斑鳩寺
メッキ鞘の標準的なカネ駒。その刃を出してみると銘のような文字が彫り込んであった。「ひろし」と読めるこの文字、おそらく使い手が自分で刻んだのだろう。鞘に自分の名を入れるのはよくあるが刃の部分に入れるのは珍しい。これが本当にひろしと書いてあるのか、よくわからないがしばしひろしさんに想いを馳せる。
17/05/14 道の駅みき
肥後守のふるさと、三木で開催されたナイフショーにて古藤好視さんの新作を拝見。なんとチキリがハンドルにきれいに収まっている。ピンの位置など試行錯誤の上完成したそう。
17/04/29 芦屋・俵美術館
矢立の事を調べようと思い検索してみたところ、近所に矢立の博物館が! 個人の矢立コレクションを展示しているそうで早速行ってみることに。
矢立は、ヒンジの菊座や真鍮の構造体など、ちょっと肥後守に通ずる味わいが見られ興味が湧いたのだが肝心の折りたたみ式ナイフについてはよくわからず・・・。と思ったら「矢立」(俵正市、法友社、1984)にこのような図版が。弁天鼠文印印籠形矢立と名付けられた矢立にはこのようなナイフが収められていたようだ。これが作られた時代は正確にはわからないがおそらく江戸時代。折りたたみナイフが当時の日本で生産されていたのかもしれない。
17/04/22 セイコーミュージアム
道具学会の見学会でセイコーミュージアムへ。展示品の中に尺時計形矢立と根付日時計というものがあり、よくよく見ると肥後守的なナイフが。矢立の中にいくつかの道具類が収められており。日本人の文房具好きはこういうところにも表れているのかも。江戸時代後期に作られたらしいのですが、裕福な粋人が職人に作らせたのでしょうか。ちきりのように見える突起と刃の形は肥後守に通じる特徴に見えます。肥後守は明治の中期に医療用メスを原型として作られたという仮説を持っていましたが江戸時代にすでにこの形状のナイフが流通していたとすればその仮説も崩れることに。詳しく調べていきたいと思います。どなたか詳しい方はご教授ください。
17/02/10 ビッグサイト・ギフトショー
ギフトショーにてみきかじや村のブースが。「氷輪」という新しいシリーズで、表面処理は高岡で加工されているそう。これを見た後でスパイラルのててて見本市に行ったところ、同じような表面質感を目にしたのでお聞きしたらビンゴだった。
15/07/11 神戸・竹中大工道具館
三木市の金物鷲が展示されているとのことで見学へ。多目的スペースの奥に鎮座していた。これは三木で作られる刃物・金物類で構成された鷲で、肥後守は刃の部分が口元に使われている。7/5に組み立ての様子が公開されていたようで、残念ながら見逃してしまった。展示は7/20までなのでお見逃しなきよう。
14/12/21 神戸・竹中大工道具館
この秋にリニューアルオープンした竹中大工道具館。設備の整った木工室やコンパクトなミュージアムショップなど、展示以外の見どころもたくさん。そしてこのショップに肥後守が販売されていた。カネ駒のショート、大、特大(桐箱入り)。ショップに置いてある唯一の刃物である。
14/05/02 東京ビッグサイト・IFFT
インテリアライフスタイル展にて播州刃物(小野金物卸商業協同組合)のブースを訪れると小野の鋏やカミソリに交じってカネ駒肥後守が。三木の刃物は鋸などがメインで金物屋さんが主な販売ルート、それに対して小野の刃物は握り鋏や裁ち鋏などで刃物屋さんと取引が多いそう。そのため小野の組合にも問い合わせが多く、カネ駒の取り扱いもあるのだそう。
そしてなんと新情報、現在小野市では肥後守型ナイフの製造業者は二軒あるとのこと。さらにいろいろ産地のお話を伺っていくと金物業の廃業は非常に多く、その理由としては高齢化とともに材料の仕入れの問題が大きいと。というのは、これまでマイナーな素材・寸法のものを少量発注していたのが大ロットでないと受け付けてもらえなくなり、刃物を作りたくても材料が無い、という状況になるのだそう。また鋳物の握り部分やヒンジなど部品が入手できなくなることもあるそうで、これはもう産地の枠を超えた調達ネットワークが必要な感じ。